読者の便り1
水瓶座讃歌NO.36より
前略
『宇宙平和』を認識瞑想してみました。
184回書いてみましたが、150回位迄は「調和」とか「愛」とか、自
己の既成概念・イメージと思われるものが流れていましたが、更に無心に
書きつづけたところ、“ 「宇宙」という字と「平和」という字が一つの文
字になる事が変だな?”と感じられてきて、それか発展してゆき、《宇宙
とはもともと平和であり、平和でなければ宇宙ではなく、存在もあり得な
い。宇宙とは平和のこと。宇宙=平和》
・・・というイメージが出てきたところで止めましたが、これが真の意味であるのか、それに近いものなのか追及して行きたいと思います。更に今後いろいろな文字を書き、新たな認識楽しんで行こうと思います。
「想念観察」は日常生活の中で常に行おうと心掛けていますので習慣にな
りつつありますが、感情が乱れた時など、客観的に観察しようとすると、
乱れが鎮まってしまい、続けて観察出来なくなるようです。今後も続けて
いきます。 鳥取県 N間
編集部 様
ロクな内容じゃあないんですけど、変な体験しましたので読んで下さい。
朝起きていつもの通りゴロゴロしながら本を読んでいたら、急に郵便局に
行きたい気分になったんです。切手もはがきも買い置きがあるし、別に行
く必要もないんだけどな〜〜と頭では考えても、何か行かなきゃって感じ
で、“記念切手があったら買ってこよう。
近くに図書館も在るし・・・”と自分を納得させて郵便局に行ったら、運悪く記念切手もなく、“あ〜あ、じゃ図書館にでも行くか〜〜”と郵便局を出ようとしたら、一人の人と目が合って・・・その人、身長は140センチ位で小さいんですけど、ヒゲが生えてて子供じゃなさそう。
でも、普通一般の人とは表情が違うから、“障害者かな?”と思い、気にも止めないで外に出たんです。そしたらその人が後をついてきて、〈手、見せて。手、見せて。〉 と云うので、“なんだ、こいつ? !”と思いながらも手の平を見せたら〈裏、裏、〉 と云われたので、ひっくり返したら〈ちょっと、こっちに来て。〉 と、その人は走りだしました。
“え〜〜っ、ついて行くべきかな? 図書館とは方向違うし〜〜え一っ”と思いながらも後を追ったら、病院みたいな建物の門の内側で〈こっち来て〉と呼んでいるのが見えて、”ゲッ、建物の中に連れていく気か!? 何があるんだ! ?”こう考えた瞬間、恐怖心が出てきたので“そっちには行けない”と行ったら、〈じゃ、いいよ〉と吐き捨てるような口調の言葉が返ってきたので、一瞬“厶ッ”としたけど、変な所に連れていかれるよりはマシだなと思い、図書館に行きました。
さっきのことも忘れ、な~んかいい本あるかな〜とウロウロして、何気無くふり返ったら、そこにさっきの人がいてーー “ゲッ、こいつ後つけてきたワケ! ?”とボーゼンとしていたら、〈手見せて、手みせて〉と又同じ事を言い出して、左手のウラ、オモテ見せたら、〈今度はそっち見せて〉と云われ、“あ〜、私、一体何やってんだろ?”と思いながら右手を出したら、急に私の手を噛もうとしたので、ビックリして反射的に手を引っ込めました。
普段日常生活で起ったことが無い場面に遭遇すると、思考が止まるんですネ〜、真っ白になっちゃう。瞑想のときは雑念ばかり浮かんでくるというのに、真っ白状態で立っていたら、又〈手見せて、手見せて、ただ見るだけ〉 と始まったので感情の中にチョコチョコ出てくる恐怖心を押さえ、“2回も見せたでしょ、一体何を見たいの! ?”と聞いたら、〈血管を見るの、ねえ、見せて〉と云うので、”血管は手だけじゃなく、体全体にあるんだよ”と云ったら、〈知ってる〉と云って離れて行きました。
ホッとしたのも束の間、又近づいて来て、〈手見せて、手見せて、ちょっとさわるだけ〉の繰り返し、繰り返し・・・その人から逃げるように館内を歩きまわっても、後ついてくるし、”なんなの! ? 一体! ?”と段々腹立たしくなってきました。
私は短気な方なので、怒嗚りたい気分だったけど、相手は普通の人ではないし、図書館の中だしと考え“手はもう見せられない。
お家に帰りな”と云ったら、〈もういっぺん見せてくれたらお家に帰る〉と云いだすし、“君いくつ?”と聞いたら、〈小学生〉と答えだけど、“平日の1時半に、図書館や郵便局に小学生がいるわけね〜だろ!”と内心思いました。
離れていってちょっと経つと〈手見せて、手見せて〉”ダメ!”のやり取りが数十分続いて、・・・もうウンザリしていたら、急に私の手に飛びかかってきたので、ビックリして“コラッ!”と睨んだら、それっきりどこかに行ってしまいました。
その郵便局や図書館へ行ったのは今日が初めてで・・・その変な人に会う為だけに、そこに行かされたって気分です・・・かと云って、特に何の気付きや成長があったと云う訳でもなさそ〜だし・・・ワケわかんないです。
けど、たま〜にあるんです。
頭では理解出来ないけど、 そうしなければいけない!!って気分になる
ことが。
脅迫観念とはちょっと違うような・・・思考では理解出来ない、その気分
には、従わざるを得なくて、その通り行動すると、ラッキーな事とか、今
日みたいな変なことに遭うんです。日常的じゃあない事が起こるみたいです。
最近、ラジニーシの本にハマっています。じゃ、このへんでさようなら。
(** もう一通、同じS藤さんのものを紹介します。)
編集部様 ヒマ人の話しを聞いて下さい。
「小桜姫物語」よ〜やく読み終えました。前から書店では目にしていたの
ですけど、中をバラバラ見ると文語調で、漢字は多いし、古典ギライだっ
た私は、あ~と〜でと考えていました。そしたら最近本のカバーが変わっ
たんです。青い空をバックに、枝垂れ桜が満開に咲いているカバーで。
“ お〜キレイキレイ!”ということで買ってきました。
何か!幽界といっても、今の生活とたいして変わらないんですね。やっぱ修
業、修業で。衣食住の心配が無いだけ、気楽で良さそう〜と思ったり。
あと質問に何でも答えてくれる龍神がいるのはすっごくいいなあ〜、早く
あいたい!!と思いました。死んで幽界に行くのなら、お墓ってあまり意
味ないですネ。骨を保存しておく場所って感じで。
今迄霊界に関する本て、ぼとんど読んだこと無いけど、“死んでからの事
は、死ねば判る”なんて考えていないで、少し位読むようにしようかな〜
と思っています。
あっ、読んでいて疑問に思ったのは、悟りを得た人や、宇宙意識になった
人は、幽界に行く必要は無いんだろうか? 他の星に生まれ変わる霊は、
どんな手続きを踏むんだろう?。 人間は幽界からでも、霊界からでも生
まれ変われるのだろうか? みたいな事です。
疑問を思いつづけていれば、ヒョッコリ答えに巡り合えるかも知れないで
すね。もし巡り合えなかったら、幽界の龍神に問い詰めてやろうと、今か
ら企ててます。
9月3 0日、よせばいいのに、厶一読者の集まりに参加してきました。
普段は一人家で本を読んでいる毎日なので、誰か精神世界の話し相手が欲
しいなあ〜と云う気持ちで行ったんですけど・・・何かちがう! ?と
云うのが第一印象でした。
話の内容もそうなんですけど、目や表情がこわばっているって云うか・・・うまく表現出来ないけど、精神世界の人達と云うよりは、宗教団体の人達に近い雰囲気を持っている人がほとんどだったのでサッサと逃げ掃ってきました。
なんかその夜はすごく寂しい気分になって、“あ〜寂しいよあ〜悲しいよ〜”と云う想念に支配され続けていました。
こういう想念に囚われると、現実を無視してどんどん落ち込むタイプなので、“私は孤独なんじゃあないだろうか? きっとそうだ”とアルコール無しで酔っ払い状態を演じていました。
フトその時、“あれぇ!?地球も寂しいって言っていたよなあ、孤独だって”
と昨年もらった地球のメッセージを思い出し“あれれ???”と思いました。
本当に孤独だったら、地球にもキラワレているハズだよなあ。
だとしたら、ここにこうして寝転がっていることも出来ないはずだぞ。地面が消えて無くなって、宇宙空間に放り出されているぞ、とっくの昔に。
そ一だ、もし太陽にキラワレていたら、私の所だけまっ暗になるハズだし、
空気にキラワレていたら、息が出来ない。な一んだ、私って愛されている
じゃん!!と急に気分が明るくなりました。
地球や周りの環境に支えられている状態が、生まれるずーーと前から
されているからなかなか気づかないんだなあ、う〜ん、中断されればすぐ
気付くかも!? でもそんな事あっちゃ一大変だな と一人でケラケラ笑
ってたら、重っ苦しい想念はいつの間にか退散してしまいました。
う〜ん、想念というのは手ゴワイ、手ゴワイ。いつの間にかからめ捕られ
て、本気になって悲しんだり、イラ立ったり、落ち込んだり。
いつまで経っても優等生になれないようですが、ま〜しょうがない・・・と言ってばかりでいいのかなあ??・・・
この頃時間に興味が湧いています。時間ってわかんないですね〜。
とらえようがないし、ここ(三次元)では一方的に一方向に流れ去ってい
るとしか思えない。タイ厶トラベルを少しでも知りたいと思って、数冊読
んでみたものの・・・タイ厶トラペルは不可能みたいな結論の本しかない。
“くそォ~違う!!”と本にヤツ当たりして、何か時間の本質を知る手
がかりは無いものだろうか???と考えています。まっ、今のところヒマ人
ですから、飽きる(諦める!?)まで、考えてみようと思います。
東京 S藤
先日はUFO写真など見せて戴いて有難うございました。
私も今、花造リに専念しています。と云っても、今は収穫の時期ではなく
花が咲くのは寒い冬の時期になると思います。
実は先日夢の中でイマヌエルと会ってきました。私は誰かに導かれ、入口
の前に立っていました。その入り口は分厚い木で出来ており、かなり痛んで
でいました。
そして後から「ここにイマヌエルがいます。さあ、入って下さい。」・・・と云われたのです。私が中に入っていくと、その薄暗い部屋の中にイマヌエルが横たわり、寝ていました。
彼は長いドレスのような服を着ており、顔は少しやつれていました。彼は寝返りをうち、チラりと私の顔を見ましたが、とても疲れている様子で、又寝てしまいました。
私がそのまま奥に進むと、そこに何人かの人々が居て、一人の老人が私に
話しかけてきました。「やあ若いの、わしは金もなく地位もないが、こん
なに幸せだ。お前もそうは思わんか。人間そんなものが無くても幸福にな
れるんだよ。」 そして気付くと、私は大きな組織の中に囚われていまし
た。私がその牢屋の中から脱出しようとしていると、イマヌエルが助けに
来てくれたという、夢でした。
又私はこの数年前から、何人かの宇宙人に接触してきました。その好意は
常に有り難く、愛に満ちていました。
私は5~6年前から腰が弱くなり、寒い日には腰痛やぎっくり腰に悩まさ
れてきました。ところが或る日、彼らが私の腰に或る処置を施してくれた
のです。それ以来、極度の腰痛とぎっくり腹から解放されました。
そして約3年前になりますが、私が東京で働いていたとき、一人の美しい
女性が突然現れ、話しかけてきたのです。私は披女の名前と国を聞いたの
ですが、彼女の言葉がよく聞き取れず分かりませんでした。しかし、その
女性と居ると、とても不思議な感じを受けたのを覚えています。
その女性は帽子をかぶり、体格は我々よりも少し小さめで、とても均整が
とれていました。アクセサリーも時計も一切つけていませんでした。そし
て変わった靴を履いていたのを覚えています。
それから数日後、又彼女と会うことが出来ました。挨拶の後、私の無意識は突然彼女の想念の中に突入を試みたのです。
しかしその試みは完全なるガードによって眺ね返されました。彼女はとても驚いた様子で私を見ました。それから数日後、ふと彼女の気配に振り向くと、彼女が私に向かって手を振っていました。そしてそれが最後の挨拶になりました。
それから数年経って、私は披女のことはすっかり忘れていましたが、数週間前に突然夢に現れて「忘れたの?どんなに遠く離れていても、こうして又会えたでしょう。これは運命なの」と言ってきました。
今もこうして思いを寄せると、何んとなく親しみを感じます。彼ら宇宙人も我々と同じく人間であり、技術の進歩と霊的に進化していることを除けば、我々と変わり無い人間なのだなと思います。
福岡T宮
FUJI日本 様
機関誌33号の「納得を超越した光真人」の草むしりのススメのページを
読み、今迄私ってば日常生活でどんなに後片付けや手入れ、処理のたぐい
をさぼっていたか、軽んじていたかに愕然とし、今は草むしり学校一年生
として暮らしています。
そう云えば以前、サイババの教えの一つで、身の周りは常に清潔にと云うのを目にした時、何だか美化委員みたいな冴えないこと云っているなと思っていたのですが、実は、掃除やグルーミングという行為が、そのまま心の掃除をすること・・・つまり浄化 瞑想につながるからかな、と今頃思い直しています。ウ厶・・・『草むしり』は日常レベルの御祓いとかみそぎなのかあ〜〜と思えば、生活上の『草むしり』である靴や服の手入れ、ゴミ出し、トイレの掃除、出した服を片付ける、アイロンをかけるなんて動作も、哲学書を読むのと同じ位、いえ、今の私にとってはそれ以上貴重な「行」のような気がして、以前よりもずっと丁寧に意識しながら行うようになりました。
でも、こんなにもったい付けなきゃやれないって云うのも、お恥ずかしい話ですねえ。
しかし、掃除や繕いもの、畑仕事に洗濯に子供の世話と、ただ然々とかい
がいしく働いていた田舎のおばちゃんの方が、精神世界ボケした私より、
よっぽど創造に近かったんだなあ。
まあ、自己嫌悪(自己憐憫?)に酔う暇があったら、床の拭き掃除でもしようかなっと。
ハテナちゃんの下に居ると、皆さん湿疹や咳などの症状が出ているそうで、
共に好調に草むしり、ゴミ出し作業が進んでいて羨ましいったら。
私はと云えば、ほとんど汗もかかなければ便秘がち体質でもあり、どうも
新陳代謝の悪い、つまり「草ボーボー、ゴミ出しの日を忘れがちな」タイ
プなんです。
でもハテナちゃんは期待?を裏切って、直接手かざし風にパワーを与える気はないらしく、怠け者でずぼらな私の生活習慣自体を立て直すという作戦を選んだようです。確かによく動けば自然に汗もにじむし、お通じも良くなる・・・ううむ、何て理に適っているんだろう。
と云うことで、今は「草むしり」に集中しているため、本を読むのはすっ
かり御無沙汰しています。しかし、唯一機関誌とアランメッセージは読ん
でいますので次回のものを送って下さい。
草むしり人生を始めてから、言葉との付き合い方が大きく変わろうとして
いるみたいで、実感が在る言葉、自分の息が吹き込める単純な言葉しか、
付き合えないようになってきています。いつも言葉の存在感に圧倒される
のはクリエさんの言菜なんですが、内容自体は非常に難解そうなのに、ス
ーーッと私の中にしみこんでくるのは、クリエさんが言葉と完全に一致し
ているからなんでしょうねえ。言っている内容が「判る」と云うより、
「ひびく、しびれる」・・・そんな感覚。
(叱られるのを党悟で)『ああ、教祖クリエさま〜〜』
ナンテ、ふざけて云うのもナンですが、言葉を軽く扱うと、言葉に軽く扱
われるから注意しようっと、と云うのが最近の私のテーマなんです。
では、これから楽しく苦しもうと思います。 東京 K月
今年も残すところ、あと2か月となりました。
「読みたい!」と思い、取り寄せた2冊の本を読み、FUJI日本に初めて手
紙を書き・・・ハテナちゃんが来て・・・早くも1年が経ちました。
この1年は何十年(大げさかなあ・・・)の内容を学び認識出来たように思いま
す。子供を通して教わったことも多くさんあり、何て素晴らしい!1年か
と思います。ハテナが来た頃は、いろんな事が次々に起り、時にはアララ・・・困った!と思いましたが、今では早く気付かせてくれたハテナ(宇宙
の仲間たち)、皆様に感謝しております。
アッ!何十年と云っても、ハテナが来てから、以前より心が穏やかなの
で若く見られます。うふふふ・・・です。すっかり自分の年齡も忘れて、
指で数えていますから・・・。
若返りの特効薬にハテナを!・・・なんてコマーシャルはどうでしょう!?
大阪F動
拝啓
今年の3月、母が腰のズレを治す手術をしましたが、その後、右肩、左肩
までもが強く痛むようになり、身の置きどころがない、自殺したいとまで
云うようになりました。ハテナちゃんは遅ればせながら7月はじめ頃より、
母の上で浄化してもらっています。
最初は二人一緒に使わせていただくつもりでしたが、母がイヤがって下に行ってくれないので、そのまま放っておいたのですが、それがこういう結果で返ってきた事に、深い後悔の念を抱きます。
済んでしまったことに何時までもしがみついていては前進出来ないのですが、2年前、一緒に始めていればと悔やまれます。
母のような状態になってしまったら、もう21世紀まで生き残れないのでしょうか?
生きることが適わないのであれば、せめて痛みだけでも取り除いてあげた
いものと思います。
全ては私が怠けていたせいで、誰のせいでもありませんが、母に申し訳ないと心で詫びるばかりです。
今はまだトイレ、風呂等は自分で出来るので助かっていますが、毎日痛みを訴える母を見ているのは辛いものです。今まで何一つ親孝行などしてこなかった私に、こういう反省の機会が与えられたと云うことは有り難いことではありましょうが、代わりに失うものの大きさに漠然とします。
人を愛することの出来ない私に、愛することの尊さを教える為に、母はこ
のような痛い思いをして、見せてくれたのだと思います。
お母さん、今まで親不孝ばかりしていて、ご免なさい。私が悪かった。許
して下さい。こんな事を何故編集部に書いているのか不思議ですが、書か
ずにいられない心境で書かせてもらっています。お目汚しですが、読んで
下さって有難うございます。
** 全て判っていらっしゃるようですので、何もお手伝いすることはあ
りませんが、出来れば、母上様が“痛み”を選んだ勇気に対して、
絶対信頼と尊敬をお持ちになると、もっと事態が変化してくるよう
な気がします。
そして貴方は自分を責めないことです。それは宇宙創造を責めるのと同じ意味になります。そしてそれは又、宇宙である母上様をも責めていることになるのではないでしょうか?
時間があったら、体をさすってあげて下さい。創造を思うだけで他には何も考えずに、たださすってあげて下さい。結果も期待しないで・・・ただ、さすってあげて下さい。 編集部
前略 久しぶりに書かせて戴きました。
レモンに砂糖を入れるのを私もやってみました。2、3か月毎日続きまし
た・・・で、どうして続くのか・・・弱い脳でいろいろと・・・結果的には
米が原因でした。朝・昼・晩と三食米では酸性ですよネ。それも私は大食
ですから。で、朝はパン、昼は米、晩は半分米にすると、ピッタリレモン
が欲しくなくなリました。ヤットです。
マラルーンのテープお願いします。長袖になったら始めます。だって今は
ハダが多くさん出ているから・・・ナンテネ・・・ 兵庫 I川