雑感日記(2)の6
4月2 0日(土)夜自宅
Q22
私はもうびっくりしたというか、こんな事があっていいのかと、開いた口が塞がらない想いで今おります。
今日、FUJI日本から帰りながら、その後、妻、娘に付き合って新宿へ出かけながら、読んでいた「秘教の心理学」に見出しました。
4月始めから今迄アドバイスを頂きながら書いたものは、あたかも「秘教の心理学」を読んでから書くとこうなるような内容になっているのです。
言葉のことも、生きながら死ぬことも、内面を静かにも・・・素直に喜ぶべきか否か何故か迷っています。
ベントフ氏流に言えば、理解の山へ調子に乗って一気に登ったのはいいが、気がつくと本体?はまだ大分下の方で、「オーイ何気張ってんだよお〜〜」と言いながら登ってくるような・・・。余りにあっけない、こんなに楽に理解しちゃっていいのかな、と・・・。
A22
私逹のことを少しは信用する気になりましたか? 貴方は何を自惚れているのですか? 貴方の今の理解などは序の口です。
やっとスタートラインにつく資格が付きつつあるだけです。貴方にもこれから長い長い道程が待っています。
Q22
どうも言われることはよく判るのだけど、今ーピンと来ないところがどこかにあります。本当にほんとにこのまま行っちゃっていいんでしょうね・・・と言いながら足は動いています。
私にはどうも「理解はこうあるべき」理想像があって、それにそわないせいではないかと・・・ どうもなんとも奇妙な感覚です。
A22
他の人も同じですが、貴方が今一応の理解に達したのは偶然でも何でもありません。遅すぎるくらいです。大分遠まわりをしています。
何度も挫折しているのです。しかし貴方はそのお除で強くなりました。もう遠慮はいりません。
Q22
有難うございました。