エマヌエルとチャネルする
エマヌエルとチャネルする
N=ハヤト J=エマニエル
N
エマヌエル様、現在、様々な存在が地上に対し、自らの教えを展開し
ています。私がお伺いしたいのは、各種バラバラではなく、統合的な教え
を造りあげたいと思っていることです。
長い間、貴方について自己探求の道を歩いてきた人々は、自分なりに真実を掴んでいると思いますが、たった今気付き始めた人々にとっては、どれが本物なのか迷うに違いありません。そして甘い言菜に引かれ邪教に染まってしまうといった現状です。
J
この地上に邪教というものは存在しません。邪教によって、その人間
達は道を知ろうとしているのです。現世ではさ迷い倒れているように見え
ても、来世では新たな発見をする為の教訓となるかも知れないのです。
人間には、無限の進化が義務付けられている事を忘れないで下さい。
N
すると間違った道を行こうとする者は、放っておいてもよいのですか?
一度扇動されれば、単なる殺人集団に変わってしまうと判っていても?
J
貴方の愛の質が問われます。
何が干渉で何が干渉でないかという、貴方の真意が表面化してきます。
例えば、貴方は道端に倒れている浮浪者に、止めなさいと言いますか?
つまり、利害関係が絡んでいます。邪教が広まり、自分に害が及ぶのでは
ないか恐れている訳です。浮浪者は別に自分に害は為さない訳ですから、
気にならないのですが、邪教に染まりつつある人々は、いずれ世間に対し
害をもたらすのではないかと考えている訳ですね。
ですが貴方は今迄に邪教に向かおうとしている人々には出会っていないで
しょう。
今回の事件についても、最初から邪教だと気付いていた信者は何人いるで
しようか?いわば彼らは神の本質と自己の本質が同一であることを実感
出来ないが為に、入信してしまった訳です。そして自己の本質に気付かぬ
がゆえに、更なる暗間をさ迷っている・・・それを現世という舞台でドラ
マにして見せてくれている訳です。
他の人々にとっては、やはり違う、何か違う、という事を気付かせてくれ
ているのです。どの様な事件、事故であっても、そこには何か教訓がある
のだという事を考えて下さい。まだ白と黒の分離思考が残っています。貴
方が他人を諭すか、放っておくかは問題ではありません。
もう貴方にはさ迷える人々と、その境界にいる人々の区別がつくはずです。
境界にいる人々には貴方の愛で話してあげなさい。
N
愛というものについて、貴方の意見を間かせて下さい。
J
愛とは、神よりもたらされるヒーリングの水、この宇宙に余すところ
なく満ちています。この愛あればこそ、この宇宙には知性が存在するので
す。求めるものでも、手に入れるものでもありません。既にあるものです。
判りますか?
N
次は宗教について教えて下さい。
J
宗教とは階段のようなものです。例え無神論者であろうと、その人が
信念を持つに至った瞬問、その信念はその人にとっての宗教となるのです。
ですから、これが完全に宗教であるといったものは存在しません。宗教に
見えるものは教えです。導きです。それに従うか従わないかが貴方にとっ
ての宗教になるのです。
N
有難う御座いました。